「会社を興して自分で事業をやりたい」と一念発起して脱サラする社員。しかし、起業するにはまとまったお金が必要です。日本政策金融公庫「2022年度新規開業実態調査」によると、起業にかかる費用(平均値)は1077万円といわれています。
起業するに当たって、お金は多いに越したことはありません。貯蓄や退職金だけでは不安なら、サラリーマン時代に加入していた雇用保険も活用してみましょう。
「起業であって再就職ではないから、雇用保険なんて関係ない」と思っているかもしれませんが、求職活動をしつつ起業の準備・検討をしている場合には「基本手当」を受給できます。また、実は起業したときでももらえる「再就職手当」という給付があります。この記事では、主に再就職手当にスポットを当て、その概要や多くもらうためのポイントを解説します。
1 再就職手当って何?
再就職手当とは簡単に言うと、
サラリーマン時代、雇用保険に加入していて「基本手当」の受給資格者である人が、離職後に早期に新しい会社に就職したり、起業したりした際にお金を受け取れる制度のこと
です。
上の説明の基本手当とは、同じく雇用保険の制度で、ハローワークで失業(働く意思と能力があるが職に就けない状態)の認定を受けた人が、離職してから再就職するまでのうち、離職理由、離職時の年齢、被保険者期間などに応じた日数(所定給付日数)の分だけ、雇用保険からお金を受け取ることができるというものです。
脱サラして起業する場合であっても、求職活動をしつつ起業の準備・検討をしている場合は基本手当を受給できます。また、再就職手当は会社に就職した場合だけでなく、事業を開始した場合でも受給可能です。なお、失業の認定に当たっては、起業のための活動は求職活動に含まれませんので、注意が必要です。
離職後に管轄のハローワークに出頭して求職の申し込みをした上で離職票を提出した人は、
- 雇用保険の被保険者だった期間が離職前2年間に12カ月以上ある(原則)
- 現在、失業中である
という要件を満たせば、受給資格の決定を受けられ、 その後の雇用保険受給者説明会で受給資格者証が交付されます。そして、受給資格の決定を受けた後、一定期間内に起業した場合、再就職手当を受給できるのです。
2 どうすれば再就職手当を受給できる?
再就職手当を受給するには、まず受給資格者証の交付を受けた上で、次の8つの要件を満たす必要があります。脱サラして起業する場合は、赤字の部分にだけ注目してください。
- 7日間の待期期間満了後に就職または起業したこと(なお、仕事等をして失業の状態にない日や、失業の認定を受けていない日は待期期間に含まれない)
- 就業日の前日までの失業の認定を受けた上で、基本手当の支給残日数が所定給付日数(90~360日)の3分の1以上あること
- 離職した前の事業主に再び就職したものでないこと。また、離職した前の事業主と資本・資金・人事・取引面で密接な関わりがない事業主に就職したこと
- 自己都合退職などで給付制限(基本手当が支給されない期間)がある場合は、求職の申し込みをしてから待期期間満了後1カ月の期間内は、ハローワークまたは職業紹介事業者の紹介によって就職したものであること
- 1年を超えた勤務が確実である職業に就き、または事業を開始(その事業により受給資格者が自立することができると認められるものに限る)したこと
- 原則として、雇用保険の保険者になっていること
- 過去3年以内の就職または事業開始について、再就職手当または常用就職支度手当の支給を受けていないこと
- 受給資格決定前から採用が内定していた事業主に雇用されたものでないこと
例えば、図表1は基本手当の所定給付日数が90日で給付制限がある場合(自己都合退職の場合など)に、再就職手当を受給するイメージです。起業の場合、受給資格が決定され、待期期間(7日)が満了してから1カ月後に起業すれば、所定給付日数の残り日数に応じて再就職手当を受給できます。

なお、再就職手当の受給に当たっては、就職または起業した日の翌日から1カ月以内に、前述した「受給資格者証」と「再就職手当支給申請書」を管轄のハローワークに提出する必要があります。また、上記の要件を満たしていることを証明する資料が求められますが、具体的にどのような資料が必要かは事業の内容等によりますので、分からない場合はハローワークに相談しましょう。再就職手当の支給が正式に決定されれば、その翌日から7日以内に手当を受給できます。
3 再就職手当の受給額は?
再就職手当の受給額は、
基本手当日額×所定給付日数の支給残日数×支給率(60%または70%)
で求められます。支給率は、
- 所定給付日数の3分の1以上の日数を残して起業した場合は「60%」
- 所定給付日数の3分の2以上の日数を残して起業した場合は「70%」
に設定されます。

基本手当日額は、在職中の賃金(日額)のおおむね45~80%ですが、上限額が決められており、毎年8月1日に改定されます。2023年8月1日時点の上限額は、
- 離職時の年齢が60歳未満の場合:6,290円
- 離職時の年齢が60歳以上65歳未満の場合:5,085円
となります。
仮に基本手当の所定給付日数が90日で給付制限がある場合(自己都合退職の場合など)、求職活動と並行しつつ、結果として図表3の色付き部分の期間に起業したのであれば、理論上は再就職手当を満額受給できます。基本手当日額が6,290円であれば、再就職手当の額は
最大で39万6270円(6,290円×90日×70%)
となります。(一時金で一回のみ支給)。

4 あえて再就職手当をもらわない選択肢もある
ここまで起業と再就職手当の関係について話をしてきましたが、実はあえて再就職手当をもらわないほうが、受給額の面で得をするケースもあります。具体的には、会社を興したものの事業が軌道に乗らず、休業や廃業を余儀なくされた場合です。
雇用保険の制度には、
「雇用保険受給期間の特例」といって、起業をした人などが事業を行っている期間は、最大3年間、基本手当の受給期間に算入されない特例
があります。
基本手当の受給期間は、離職日の翌日から1年間とされていますが、この特例を利用した場合、万が一脱サラして始めた事業が失敗し、他の会社などに再就職しようとするときに、基本手当を受給できるのです。事業を開始した日などの翌日から2カ月以内に、管轄のハローワークに対し、雇用保険受給期間の特例の申請(以下「特例申請」)を行えば、次のように休廃業後に基本手当の受給期間が設けられます。

ただし、特例申請をするには次の5つの要件があり、起業時に再就職手当を受給した際は特例を利用できないため、休廃業後の基本手当の受給を見据えるなら、再就職手当の受給は諦める必要があります。
- 事業の実施期間が30日以上であること
- 「事業を開始した日」「事業に専念し始めた日」「事業の準備に専念し始めた日」のいずれかから起算して30日を経過する日が受給期間の末日以前であること
- 当該事業について、就業手当または再就職手当の支給を受けていないこと
- 当該事業により自立することができないと認められる事業ではないこと
- 離職日の翌日以後に開始した事業であること(離職日以前に当該事業を開始し、離職日の翌日以後に当該事業に専念する場合を含む)
一方、基本手当と再就職手当を比較した場合、受給額は
- 基本手当=基本手当日額×所定給付日数
- 再就職手当=基本手当日額×所定給付日数の支給残日数×支給率(60%または70%)
という計算式の都合上、通常は基本手当のほうが多くなります。「これから事業を始めるのに失敗したときのことを考えるなんて……」と思う人もいるかもしれませんが、万が一のリスクヘッジとして、あえて再就職手当をもらわずに基本手当の受給を見据える、というのも1つの考えではあります。
以上
(監修 社会保険労務士 志賀碧)
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