若手育成は「量より質」の時代へ——『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか——〝ゆるい職場〟時代の人材育成の科学』より

「褒めても伸びない」「優秀な若手ほど辞めていく」──近年、若手育成にまつわる悩みは企業の規模を問わず広がりを見せています。2023年の民間調査では、若手の離職に課題感を持つ企業が6割を超えるなど、人材育成は経営課題のひとつとなりつつあります。
本記事では『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか——〝ゆるい職場〟時代の人材育成の科学』(古屋星斗著、日本経済新聞出版)から、職場環境が「ゆるく」なった時代にふさわしい、新しい若手育成の視点と実践的なヒントを紹介します。

なぜ、若手が育たなくなったのか?

最近は大手・中小など企業規模を問わず、若手人材の定着や育成に関して悩む企業が増えています。若手に対する印象として、「残業をしない」「人付き合いをしない」「会社が嫌なら辞めればいいと思っている」というような言葉がよく聞かれます。若手人材に頭を悩ませている企業があとを絶たないのはなぜでしょうか。

働き方改革を経て、日本の職場は急激に変化しつつあります。労働時間が短くなったり、ハラスメントが無意味で害があることを認知されたり、確かに労働環境がよくなった面はあるでしょう。しかし一方で、その変化によって職業人生のはじまりの時期に大切な「質的負荷」が職場から失われているのです。

この状態を放っておくと、「長時間職場に囲い込んでOJTで育てたほうがいいのでは?」という「『ふるい職場』に戻すべき」というムーブメントが起こりかねません。しかし今、求められているのは、「ふるい職場」に戻すことではなく、働き方改革後の職場にフィットした「ゆるい職場」における新しい育て方を確立させることなのです。働き方改革関連法やパワハラ防止法(労働施策総合推進法)などによって、若手を取り巻く職場環境が大きく変わったからこそ、これまでの育て方とは異なる発想で若手育成を行う必要があるといえるでしょう。

「ゆるい職場」はなにを奪ったのか?

「Z世代」、その前の「ミレニアム世代」や「ゆとり世代」、「就職氷河期世代」といったように、「世代」はいつの時代にも議論の的とされてきました。しかし実際には、「現代の若者はこうだ」「過去と比べてこうだ」といったような紋切り型の言説が成り立つ余地はあまりありません。
もちろん、世代というファクターだけで説明がつく点もありますが、それだけでは説明がつかないことが多く、「この若者はZ世代だからこうだ」という理解よりも、その人自体への理解が求められるといえるでしょう。そして多様化している一人ひとりの育成に向き合う際に最初に押さえるべきは、彼ら彼女らを取り巻く環境——この場合は特に職場環境がどうなっているか、という「環境への理解」です。

「職場環境の変化」とは、「雰囲気や空気感が変わった」という曖昧なものではなく、職場運営に係る法律が変わったという極めて社会的・構造的なものです。例えば2015年に施行された「若者雇用促進法」により、採用活用の際に自社の残業時間平均や有給休暇取得率、早期離職率などを公表することが義務付けられました。そのほか「働き方改革関連法」により、2019年からは大企業で、2020年からは中小企業でも、時間外労働の上限規制が開始されています。
こうした法律上の変化から、実際に若者の労働時間は減少し、有給休暇取得率も急速に上昇しています。いわば日本の職場は「ゆるい職場」へと変化したわけです。

「不満」は消えても「不安」は消えない若者たち

しかし、過去と比べて労働環境が改善したにもかかわらず、若者の離職率が下がらないというのが実情です。実は、職場環境は好転しているのにストレス実感が減少しておらず、「不満」はないが「不安」を感じる、という若者が非常に多いのです。
実際、若手社員から「居心地は良いが、このままだと社外で通用する人間になるために何年かかるのかと焦る。何か自分で始めたりしないと、周りと差がつくばかりなのではないか、このままではまずいと感じている」といった声は、本当によく聞かれます。

これまでの日本企業における若手育成のメソッドは、基本的にOJT(On the Job Training:職場内訓練)を中心に入社時や階層別での一斉研修などのOff-JT(Off the Job Training:職場外研修)を組み合わせた仕組みでした。しかし最近では企業のOJTやOff-JTの機会が減少し、OJTでいえば業務の傍らで行われる「ながら」「放置型」へと変質しています。
会社が自身の職業生活の安定を保証してくれないなかで、キャリアにおける不安が増長し、かつキャリア的に自立できるだけの経験や機会が与えられない——それに薄々気づいた若者たちが焦燥感を抱いているといえるでしょう。

若者を伸ばす「育て方改革」の5つのポイント

前述の「ゆるい職場」の定義を改めて明確にすれば、「若者の期待や能力に対して、著しく仕事の質的な負荷や成長機会が乏しい職場」です。働き方改革だけでは、日本の若手を取り巻く職場の改革は未完成であり、それに加えた「育て方改革」が必要です。
さらに、現代の若手育成問題の本質は、「質的負荷の高い仕事を、いかに量的負荷(過剰な長時間労働など)や関係負荷(人間関係などのストレス)なく与えるのか」という言葉に集約されます。この前提のもと、育て方改革における5つのポイントをいくつか紹介しましょう。

1 企業がもたらす機会だけでは育てきれないため、若者の自主性が尊重および要請される

会社以外の経験と会社の経験、両方を大事と捉え、若者が自身で組み合わせて育っていく観点が重要です。若者の自己開示を促し、「企業が育てる」から「若者が育つ」へ、主語の転換が求められています。

2 上司やマネジャーだけに若者育成の責任を押し付けない

若手育成を上司やマネジャーだけに任せず、社内横断的な視点や外部のキャリアコンサルタントの意見も取り入れた仕組みに変革する必要があります。現場で直接育成・支援を担務するマネジャーだけに任せきりにせず、彼ら彼女らをいかに支えるかが課題となるでしょう。

3 若者が何かを始めるためのきっかけが重要になる

若者が自らやりたいことを探すための最初の一歩を促すことがカギとなります。それには「同僚に誘われた」「会社の研修項目に入っているから」といった他律的なファーストアクションを周りが仕掛ける工夫も必要です。

4 若者だけに考えさせない

現代においては「本人の合理性を超えたジョブ・アサイン」が必要であり、個人の希望に沿ったキャリアパスでは、その個人の想像する以上の機会や経験は得られません。当事者の合理性には主観的な認識の持つ限界があり、これを乗り越えることが必要です。

5 「ゆるさ」に対する主観と客観の問題

企業と若手との間に「ゆるい」の認識のズレがあると、すれ違いが発生します。過去の経緯から考える経営・管理側と、そうではない若手側のすれ違いを前提にしたコミュニケーションが必要となります。


「ゆるい職場」は今後の労働社会の大前提であり、これは不可逆な変化です。「ゆるい職場」を活かして様々な人が活躍できる・活躍したいと思う社会をいかにつくるかを考えることが、労働供給制約という大きな社会課題を突破するための第一歩となるでしょう。

本書の要点

・働き方改革が奪った「育成の機会」

働き方改革により職場は「ゆるく」なり、長時間労働やハラスメントは減った。一方で、若手にとって成長の機会となる「質的負荷」まで失われ、従来の育成手法が機能しづらい環境へと変化している。

・若手は「不満なき不安」を抱えている

労働環境は改善されたものの、若手の離職は止まらない。そのストレスの原因は「不満」ではなく「将来への不安」。キャリア形成の実感が持てず、成長機会の乏しさに焦燥感を募らせている。

・「ゆるい職場」に適応した育て方改革が必要

若手育成には旧来型のOJTではなく、質的負荷のある仕事を、過剰な長時間労働や人間関係のストレスなく与える「育て方改革」が必要。今の職場環境に合った新たな成長機会の設計が求められている。

課題解決の考え方について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。

上記記事は、本文中に特別な断りがない限り、2025年11月14日時点の内容となります。
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