近年、多くの中小企業が直面する深刻な人手不足。人口動態を考えれば、この状況が自然に改善することは期待できません。しかし、中小企業であっても、工夫次第では離職率を大きく下げることも不可能ではありません。過去9年間にわたり離職率がほぼゼロという驚異的な実績を上げている株式会社日本レーザーの別府雅道専務にお話を伺いました。

別府 雅道
日本レーザー専務取締役
1980年慶應義塾大学卒業、日本電子入社、経理部長を経て、2003年デンツプライ三金経理部長、2008年ライカマイクロシステムズ執行役員経理部長を経て2016年、日本レーザー入社、2021年日本レーザー専務取締役就任
債務超過からの復活
日本レーザーの「人を大切にする経営」の原点は1994年に遡ります。当時、深刻な経営不振に陥っていて社員のモチベーションは低下し、離職も相次いでいました。
そんな中、1994年に親会社から再建のために社長として送り込まれてきたのが、近藤宣之前会長でした。私の入社前の出来事ですが、当時を知る社員たちは「どうせ、また2〜3年で親会社に戻って出世したいだけなんだろうとみんな思っていた」と振り返ります。
しかし、近藤は親会社に戻るどころか、会社を再建し、自主的な経営をするためにMEBO(マネジメント・アンド・エンプロイー・バイアウト:経営陣に加えて社員も一緒になって親会社から株式を買い取る)を行いました。近藤は奥さんに内緒で5,000万円を自腹で出し、全社員にも株主になってもらい、親会社から独立したのです。そして、2025年に亡くなるまで、じつに31年間にわたって会社のために尽くしました。
近藤が社長に就任した当初は、経営不振でしたし、「頑張っても評価されない」という暗い雰囲気でした。利益を上げても、配当金で大部分が親会社に吸い取られてしまいます。また、何をやるにも、親会社の顔色を窺わねばならないという窮屈さもありました。近藤は再建のためには「人を大切にする経営をやるしかない」と確信しますが、そのためにも、親会社の制約から解放され、会社が名実ともに「社員みんなのもの」になることで、自分たちのやりたいことができ、しっかり評価もされるような会社に変えたのです。
「太陽」のような実力主義
「人を大切にする経営」というと、休みを取りやすいとか、福利厚生を手厚くする、というようなことを思い浮かべる人も多いと思います。もちろん、それらも大切ではあるのですが、日本レーザーの「人を大切にする経営」は、社員一人ひとりのやる気を引き出し、それを正当に評価し報いるということを重視しています。
要は実力主義ですが、外資系企業のように評価の低い社員の退職を促すようなドライな「北風」ではなく、社員の自発的な成長を促す「太陽」のような仕組みを構築しています。
年齢や経験に関係なく、実力主義を徹底しています。たとえば営業職の場合、ボーナスは定性的な部分と定量的な部分に分かれるのですが、定量的なボーナスは売上総利益の3%と明確に定めています。数字を上げられないと、この部分のボーナスは少ないですから、ある意味とてもシビアです。ただし、上限も設定しておらず青天井で支給しますから、頑張った人はしっかり報われます。
トップダウンで上から目標を押し付けるようなことはしません。一応、個人の目標はあるのですが、未達だからといってボーナスが減ることもない。頑張ったら頑張った分だけ、定量部分のボーナスが青天井に増えるという仕組みです。
会社の存在意義は「雇用と社員の成長」
近藤は常々、「雇用を守ることと、社員の成長を促すこと。この2つを提供することが会社の存在意義である」と言っていました。たとえば、女性が出産した後、数年間は子どもを中心にしないと生活が成り立たないこともありますよね。そんな時期でも、この評価制度ですと定量部分のボーナスは少なくなりますが、定性部分のボーナスは減りません。このように雇用はしっかり守るんです。そして、子どもがある程度成長したら、しっかり働けば定量部分のボーナスがどんどん増えます。
それに、社員は株主でもありますから、外資系のような「ダメなら辞めてもらって、別の人と取り換える」というようなやり方とは真逆です。
日本レーザーはとにかく社員の自主性を重んじますから、いわゆる「指示待ちさん」は向いていないと思います。たとえば、ある国の取引先を開拓したい、という社員がいたら、海外出張の経費も出すし、情報も提供します。やりたいと手を挙げた人を、会社は全面的にバックアップするのです。成長意欲のある人にとっては、本当に居心地のいい会社ではないでしょうか。
日本レーザーのクレド(企業理念や行動指針などを示した文書)には「社員の成長が会社の成長です」と明記しています。さらに、「お客様満足より、社員と家族の満足が第一です」、「自分たちの会社や同僚、供給する製品やサービスに社員が満足しなければ、決してお客様を満足させることはできません」とも書いています。
これをお題目で終わらせず、本気で追求してきた結果、過去9年間のデータでは正社員の離職率は0.8%、嘱託社員も含めると0.6%でした。一般的な統計データと比較しても、非常に低い数値だと思います。(図参照)

たとえば、ある女性社員は「歌手になりたい」という夢があって退職しました。また、外国と取引をするうちに「海外に住んでみたい」と言って辞めていった人もいます。ただ、会社が嫌で辞めた、という人はいなかったと思いますから、離職率はほぼゼロと言っていいと思っています。
人材戦略について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。


