事業承継で重視すべき、「自社株」の引き継ぎ

柿沼慶一税理士事務所・ノナコンサルティング合同会社代表 柿沼慶一

柿沼慶一

税理士・1級ファイナンシャル・プランニング技能士。柿沼慶一税理士事務所・ノナコンサルティング合同会社代表。一般社団法人承継計画研究所代表理事。辻・本郷税理士法人事業承継法人部(部長)、税理士法人チェスター相続・事業承継コンサルティング部(部長)を経て現職。上場会社、中堅・中小企業の資本政策、オーナー個人の事業承継対策業務を中心に、税理士向けセミナー業務にも従事。
【主要著書】『精選Q&A相続税・贈与税全書(相続対策・税務調査編)』(2022年、税理士法人チェスター編著、清文社)ほか。


創業社長にとって、子どもたちへの自社株の引き継ぎは悩ましいテーマです。子どもの誰か1人が事業を継ぐ場合でも、自社株は全員に平等に分配したいというのが親心かもしれません。しかし、今後の経営を考えると、後継者になるべく多く引き継ぐ方が望ましいといえます。事業承継に詳しい税理士の柿沼慶一さんにお話を伺いました。

自社株が原因でのトラブルが多発

中小企業経営者の個人資産に占める事業用資産の内訳は、およそ6割にも上ります。うち、半分ほどは自社株です。子どもの1人が後継者となる場合、ほかの子どもなど相続人に自社株をどう引き継ぐかは、極めて大きな問題です。

税金面での負担を抑えつつ、公平に分けたいという動機だけで、自社株の引き継ぎを決めるべきではありません。というのも、自社株は議決権を有するもの。つまり、会社の経営権と密接に関係があるからです。

たとえば、創業者(父)に子どもが3人(長男、長女、次男)おり、長男が後継者となる、というケースを考えてみましょう。3人に均等に、3分の1ずつ自社株を分けた場合、将来もしきょうだい仲が悪くなればどうでしょうか? 「長男」vs「長女と次男」という構図になってしまった場合、長女と次男の保有株式を足せば3分の2となり、長男の経営方針に反対されてしまう、ということが起こり得ます。

つまり、社長である長男に、会社を支配できるだけの株式を渡しておかないと、後々、親族トラブルによって経営がうまくいかなくなる可能性もあるのです。

後継者に自社株の何割を引き継ぐべきか

私が中小企業経営者からご相談を受けてきた経験では、節税や「公平に引き継ぎたい」ということに着目する方が多い一方、「自社株は経営権と密接に関係がある」という事実を重く考えている方はさほど多くない印象です。まずは、節税や公平性よりも、「会社の経営を第一に考える」ことをお勧めしたいのです。

理想は、後継者に株式の100%を引き継ぐことです。ただ、相続人が複数いる場合には、公平性を考えると、これは難しいかもしれません。であれば、最低でも過半数、できれば3分の2以上を後継者に渡すことがベターです。

会社解散や、他社との合併、会社分割、定款を書き換えるなどの重大事項を決定するには、株主総会の特別決議において、議決権における3分の2以上の賛成を必要とします。後継者以外の人が3分の1超を握っていると、こうした決定に反対されてしまう可能性があります。

長いスパンの未来を見据えて考えたい

「我が家はきょうだい仲も良いから、そういった心配はいらない」と考える方もいることでしょう。しかし、数十年先まで考えると、どうでしょうか?

子どもが3人いて、最初の相続時には3分の1ずつ分けるとします。この子どもたちがそれぞれ3人の子ども(創業者から見た場合の孫)を持ったとすると、次の相続時には9人が自社株を相続することになります。こうして、自社株はどんどん分散していくのです。いずれは「会ったことのない株主」や「連絡の取れない株主」も出てくるでしょう。

子ども世代までは仲も良く、意思統一ができていても、その次の世代以降になると、「もう株式を持っていても意味がないから売ってしまいたい」と考える人が出てきたり、場合によっては「会社を乗っ取りたい」というような株主も現れたりする危険性はあります。こうなってくると、合意形成をはかるのが難しくなりますし、こうした株主たちの顔色を見ながら経営していかなければならないという事態になりかねません。

分散した株式の集約について、「障害・課題」と感じていること

近年は、会社経営にとって影響力がないと思われていた少数株主に対して、「その株式を買い取ります」とうたう非上場株式の買い取り業者の存在が話題になっています。

一般的に、中小企業は株式譲渡について制限条項を設けており、承認しなければ安心と思われるかもしれませんが、不承認の場合、会社自身または会社が指定した人(結果的には経営者)が買い取るルールとなっています。反対に承認すれば、買い取り業者は株主としての権利(帳簿の閲覧など)を駆使して、「経営者に問題があれば訴訟を起こす」というように、常に経営者が監視対象とされるため、精神的負担は大きいものとなります。

自社株は単に資産というだけでなく、会社の経営権と密接に関わるものです。目先だけでなく、数十年先の未来についても考えれば、やはり後継者になるべく多くを引き継ぐべきなのです。

事業承継について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。

上記記事は、本文中に特別な断りがない限り、2024年3月29日時点の内容となります。
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