「人は弱い」を前提に、難しい仕事でも成果が出るよう“仕組み化”する──。キーエンスの強さは性善説ではなく「性弱説」に立った経営と開発プロセスにあります。本記事では、『キーエンス流 性弱説経営――人は善でも悪でもなく弱いものだと考えてみる』(高杉康成著、日経BP)から、ニーズ収集から人材育成までを一貫して「できない前提」で設計する考え方と、その実装ポイントを解説します。
キーエンスの強さを支える「性弱説」という前提
ファクトリー・オートメーション(FA)の総合メーカーで、超高収益企業として知られるキーエンスは、他の一般的な会社と何が違うのか? 「キーエンスは世界初・業界初の新商品を連発する」「顧客のニーズをしっかりと聞き出し、役に立つソリューション提案を行う」「ファブレス(工場を持たない経営)を採用している」といった内容がよく語られますが、実はキーエンスと他社の最も重要な違いは、「キーエンスは性弱説の考え方で動いている」という点にあります。
性弱説とは、「人は本来弱い生き物である」という前提に立つ考え方です。ビジネスの場面では、「顧客からの要望通りに新商品を作れば売れる」と考える人は多いのですが、実際にはそうとは限りません。たとえ顧客が「こういう商品が欲しい」と具体的に言ったとしても、「目の前の顧客は、自分の困りごとや感情を正確に把握して言葉にすることが難しいかもしれない」し、「思いついたことを何となく話してしまっているかもしれない」。これが性弱説に基づいた考え方であり、その視点でビジネスをすれば、成果は大きく変わります。
性弱説の視点は失敗を減らし、成功する確率を高めてくれるものです。それが積み重なることで、大きな成果につながります。
「できるだろう」ではなく
「できないかもしれない」という視点がカギ
性弱説とはどういう考え方なのか、対となる性善説の考え方からもう少し考えてみましょう。
性善説とは、人はみな本来善人であり、「正しく聞けば正しく話してくれる」「やるべきことをきちんとできる」「物事の道理や常識を分かっているし実践できる」といった捉え方です。つまり、すべてが「できる」という前提になっているのですが、ビジネスの場ではこれらを誰もが完璧にできることなど、ほとんどありません。
性善説の考え方は、従業員を信頼しているという見方もできます。例えば多くの企業では、従業員に難しい仕事を任せるときも「できるだろう」と楽観視します。つまり性善説でのアプローチです。一方でキーエンスでは、「できないかもしれない」という性弱説視点でアプローチし、「任せた仕事ができる確率を高めるにはどうすればいいか」を優先して考えています。この両者の差が、結果に大きな違いを生んでいるのです。
そう考えると、性弱説は従業員を信頼していない、という見方もできるでしょう。その行き着く先は、「能力もやる気も全く信頼できないから、一から十までトップダウンで管理してしまおう」という性悪説的な考え方になるのではないか、と考える人がいるかもしれません。しかしこの見方は誤りで、性弱説は仕事の難度が高ければ高いほど、必要となってくるのです。
仕事の難度が上がると、「何もアドバイスや手伝いをせずに任せたら、成果が期待できないかもしれない」という前提が必要になります。それは、依頼する相手を信頼しているかどうかという話ではありません。キーエンスの場合、長年高収益を出し続けていることから、従業員たちには難しい仕事が与えられ、高い成果を求められています。「期待するほどの成果が得られないかもしれない」「失敗するかもしれない」という性弱説由来の前提のもとに、「起こりうるリスク」に対する準備をする──それが積み重なった結果が、数多くの大企業とキーエンスとの違いなのです。
「できない前提」が生んだ商品開発の仕組み
キーエンスは、「世界初、業界初の新商品が70%に達する」という点でも有名です。なぜ、このような画期的な技術や商品を生み出し続けられるのでしょうか。その理由も、性弱説に基づいて商品開発をしているからにほかなりません。
例えばキーエンスには、顧客のニーズを集める「ニーズカード」という仕組みがあります。具体的には、顧客の要望や意見を営業担当者が集め、決められた様式で提出します。全社で毎月、数千枚のニーズカードが集まります。価値の高い新商品開発に必要なのは「潜在ニーズ」、つまり「顧客も気付いていないようなニーズ」です。
ニーズカードが毎月数千枚集まっても、そのほとんどは顧客自身が既に気付いている「顕在ニーズ」にすぎません。ここで重要なのは、「営業担当者にどれだけ丁寧に伝えても、集まったニーズのほとんどが顕在ニーズかもしれない」という性弱説の見方に立つことです。そのうえで商品企画担当は、毎月集まるニーズを全部漏らさず、全体を俯瞰して1枚ずつニーズを見定めていきます。その中からヒントとなる情報を見つけ、商品開発に生かすわけですが、長い場合は半年ぐらいかけて、「本当にこれは潜在ニーズなのか」という疑問を常に抱きながら、顧客を何十回と訪問し、捉えた情報の精度を上げ、潜在ニーズを正しく捉えて新商品を開発します。それができたときに初めて「世界初」「業界初」の画期的な商品が生まれるのです。
この仕組みは、ただニーズを集めて提出する枠組みさえつくれば機能する、というものではありません。「ニーズが集まらないかもしれない」「集まったニーズを的確に分析できないかもしれない」という性弱説に立ち、ニーズが集まるような仕掛けづくりと、それを見分けられる人の育成、有力情報を掘り下げられる体制まで築いて、初めて機能するのです。
「動かない」人を動かすには?
キーエンスは経営においても、性弱説がベースとなっています。「人はなかなか動いてくれない」「難しいことや新しいことを積極的には取り入れたがらない」「目先の簡単な方法を選んでしまいがちだ」──こういった前提のもとに戦略を立て、仕組みをつくり、実践するのがキーエンス流の性弱説経営です。
単に「売り上げを増やしなさい」と漠然と指示しても効果はありませんし、「いろいろと勉強して、先輩や上手な人のノウハウを学んで、カウンセリング力を強化しなさい」と困難を伴う具体的な方法を指示したとしても、ほとんどは行動に移さず成果につながりません。業務上必要なスキルを可視化して、本人の長所と短所を明確にし、改善すべき内容を絞り込む──つまり、「難しい取り組みを簡単にできるようにする」ことで行動につなげるのが、性弱説に基づいた発想です。
加えて、「数を絞り、本人に選んでもらう」点も大切です。経営者としては同時に多くのスキルを伸ばしてほしいものですが、高すぎるハードルを前にしたら、ほとんどの人はやる気をなくし、行動そのものをやめてしまいます。
例えば、経営者が6つのスキルをすべて伸ばすように従業員に課したとしましょう。そのうえで、まずは「2つのスキルを伸ばすように」と絞り、その2つを本人に選んでもらえば、「自分事」として捉える意識が高まり、努力や工夫につながります。その成功体験によって、残り4つのスキル向上に対しても前向きになります。
「人は弱い生き物である」という性弱説に基づいてやるべきことを見える化し、実践できる状態まで落とし込むことで、難しい課題もこなせるようになるのです。
本書の要点
● 「人は弱い」を前提にすれば、仕事の設計が変わる
キーエンスの成果を支えるのは「人は弱い」という性弱説の視点。顧客や従業員に「できるはずだ」と期待するのではなく、「できないかもしれない」ことを前提として、失敗を減らすための仕組みやプロセスが丁寧に設計されている。
● 性弱説視点のニーズ収集が「画期的な新商品」を生む
営業担当者が集めた顧客の声(顕在ニーズ)を、商品企画チームが丁寧に精査し、仮説を立てて検証を重ねることで、潜在ニーズを探り当てていく。キーエンスではこうしたプロセス自体が仕組み化されており、個人の勘や感覚に頼らず、確度の高い商品開発を実現している。
● 「難しいことを、誰でもできるようにする」運用の工夫
難易度の高い仕事ほど、性弱説に立った支援が必要。キーエンスでは、必要スキルを可視化し、改善点を絞り込み、あえて数を減らして本人に選ばせる。こうした設計によって、従業員が「自分事」として行動できる仕掛けが成立する。
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