一般財団法人 日本不動産研究所 主席研究員 吉野薫
1978年、石川県生まれ。東京大学経済学部卒、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。日系大手シンクタンクのリサーチ・コンサルティング部門を経て、一般財団法人日本不動産研究所にて現職。現在、国内外のマクロ経済と不動産市場の動向に関する調査研究を担当するとともに、大妻女子大学非常勤講師を兼務している。著書に「これだけは知っておきたい『経済』の基本と常識」(フォレスト出版)、「Q&A 会社のしくみ50」(日本経済新聞出版社、共著)がある。
近年、特に東京のオフィス市場では、賃貸市場が冴えない一方、売買市場は好調という、乖離(デカップリング)状態が見られています。この状況の原因、そして今後の展望について、一般財団法人 日本不動産研究所の主席研究員で、不動産エコノミストの吉野薫氏にお話を伺いました。
賃貸市場と売買市場の乖離はなぜ起こる?
近年、賃貸は低迷しているのに、売買は好調というデカップリング現象がオフィス市場、特に東京で顕著に見られます。
まず賃貸市場について見ていくとコロナ以降、実体経済の停滞によって、需要が弱まりました。一方、供給は波があり、例えば2024年は供給量が少ないですから、需給の悪化も多少は緩和するかもしれません。しかし、2025年には再び供給量が増えますから、賃貸市場が大きく回復するというシナリオは描きにくいといえます。
一方、売買市場については、やはり長い年月にわたる金融緩和が好調の原因です。実際、2013年からスタートした日銀の大規模緩和政策によって、不動産価格は息の長い上昇トレンドとなっています。
デカップリング現象は不思議に思えるかもしれませんが、「市場が歪んでいる」というようなネガティブな捉え方をする必要はありません。なぜなら、賃料は目先の需給を読んで動くのに対して、売買価格は金融情勢の行方など、さまざまな中長期的要素も織り込みながら決まっていくものだからです。
ただ、過去を見返しても、デカップリングというのは珍しい現象であることは事実だと思います。例えば2008年のリーマンショック後は賃貸市場が停滞しましたが、それは売買市場も同じでした。つまり連動していたわけで、“カップリング”状態です。それ以前、2005〜07年の不動産ミニバブルの時期は、賃貸市場も売買市場も活況で、やはり連動していました。
テレワーク終了でもオフィス需要回復は期待薄
賃貸需要が弱含みなのは、あくまでも経済の停滞が主因であって、コロナによるテレワークはさほど影響しなかったと考えています。恒久的にテレワークに移行する企業はともかく、「一時的な措置だ」と考えていた企業は、コロナ禍でもオフィスの床面積を大きく減らすことはありませんでした。したがって、コロナ禍が終わり、人々がオフィスに戻ってきていますが、そのことがオフィス需要を回復させるだけのインパクトを持っているとは考えていません。
むしろ、コロナ禍が終わっても実体経済の足取りは弱く、コロナ前のレベルに回復していないことが、賃貸需要低迷の主因です。もっとも、足元の東京オフィス市場を見てみると、空室率がどんどん上がっていくような悪化トレンドにはありません。しかし、反転のきっかけが見えるほど需給が引き締まってもいない。先に述べたように今後も供給が多い年がありますし、それに追いつくほど強い需要はなさそうです。
売買市場の見通しは?
日銀の金融政策次第という面はあるのですが、今後もしばらく、欧米のような金融引き締めに本格的に舵を切ることは考えにくく、緩和的政策が続く可能性が高いと見ています。また、今の不動産市場にクラッシュを引き起こすような要因も見えず、買い手・売り手それぞれの層に厚みがある状況が、今後も続くのではないでしょうか。もちろん青天井でどこまでも上がる、ということはなく、どこかに天井はあるのでしょうが、当面は緩やかな上昇トレンドを描いていくのではないかと考えています。
ただ、物件の優勝劣敗は進むでしょう。オフィスなら、価格以外にも訴求するポイントを持つビルは強い一方、そうした要素が乏しいビルの場合、一段と賃料を値下げしないとテナントが入りにくいという状況も想定されます。
また、大都市だけでなく、地方都市でも投資機会が増えているのが最近の特徴です。2005〜07年の不動産ミニバブルの頃は東名阪中心、それもほとんど東京の独り勝ちといった様相を呈していましたが、現在は東名阪に加えて札幌、仙台、広島、福岡、さらには熊本にもタワーマンションが建つなどの動きがありますし、金沢のマンション建設も活況です。
緩和的政策が続いていくならば、こうした地方都市での投資機会も引き続き、注目されていくのではないかと考えています。
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