販路開拓ができればビジネスの可能性は大きく広がります。近年はメーカーなどがユーザーにダイレクトに商品やサービスを提供するD2C (Direct to Consumer) の考え方が浸透し、ECサイトを開設して販路開拓をする動きが加速しています。
ECサイトを開設することで、
- 地理的な制約を受けず、国内外のユーザーに商品を販売するチャンスが得られる
- ユーザーと直接コミュニケーションを取りながら自社ブランドを強化できる
などのメリットが期待できます。
ECサイトを簡単に開設できるサービスも数多く登場しているので、始めること自体のハードルは高くありません。一方、ECサイトをトラブルなく開設・運営するには民法や消費者契約法などのルールを知っておく必要があるのですが、ここはあまり意識されていないようです。
そこで、この記事でECサイトをトラブルなく開設・運営するための法律の知識を紹介します。これからECサイトを開設しようとしている方はもちろん、既にECサイトを運営している方にとっても参考になる内容ですのでぜひご活用ください。
1 「利用規約」を作成する際に気を付ける法律
ECサイトには多くのメリットがありますが、お互いの「顔」が見えないためにトラブルが起こりがちです。そのため、「利用規約」によってユーザーと明確な取引条件で合意し、万一トラブルが発生した際の解決策を定めておかなければなりません。
利用規約を作成する際は前述した通り、主に、
- 民法
- 消費者契約法
のルールに注意する必要があります。以下でポイントを確認しましょう。
1)民法
まず、民法についてです。以前は、ECサイト運営者(以下「運営者」)が自社に有利な利用規約を一方的に作成することもあり、ユーザーとの間で契約条件に関するトラブルが多発していました。このような背景も踏まえて2020年4月に民法が改正され、定型約款に関する新たな規定が導入されました。定型約款とは、
事業者が不特定多数の顧客と行う取引について、契約内容を画一的に定めている条項の総称
です。利用規約が定型約款に該当する場合、以下のように取り扱われます。
1.契約内容に関する合意
ユーザーが個別の条項を認識していなくても、以下のいずれかの条件を満たす場合は、ユーザーとの間で利用規約が契約内容として合意されたものとみなされます。
- 当事者間で利用規約を契約内容とする合意があった場合
- 運営者が事前に利用規約を表示し、ユーザーがそれを認識できる状態であった場合
ただし、ユーザーの権利を制限したり、一方的にユーザーの利益を害したりするような条項については、後述する消費者契約法との関係で無効となります。具体的には、
- ユーザーに解除権を放棄させる条項
- ECサイト運営者の損害賠償責任を免除する条項
などです。
2.定型約款の変更
以下の条件を満たす場合、運営者はユーザーと合意しなくても契約内容を変更できます。
- 変更内容がユーザーの一般的な利益に合致する場合
- 変更が契約の目的に反せず、変更の必要性や内容の相当性、その他の変更に関連する事情が合理的である場合
上記に該当するとしても、一方的に利用規約を変更するのであれば、
変更した内容の効力発生時期と変更後の内容を適切に明示し、インターネットなどで周知する
ことが必要です。また、ユーザーの一般的な利益に合致しない変更については、変更の効力が発生する前に周知しなければ効力が発生しません。
2)消費者契約法
次に消費者契約法です。一般的に、運営者(以下、この章では「事業者」)とユーザーとでは商品・サービスや契約内容などに関する知識に差があります。つまり、ユーザーに十分な知識がなく、不公平な契約を強いられる恐れがあるということです。
そこで、こうした不公平を是正するために、事業者とユーザーとの契約内容に一定の制限を設けているのが消費者契約法です。具体的には、利用規約に次のような条項を定めても無効となります。
- 事業者の債務不履行により、消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、または事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
- 事業者の故意または重大な過失による債務不履行によって、消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、または事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
- 事業者の債務の履行に際してされた事業者の不法行為によって、消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、または事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
- 事業者の故意または重大な過失による債務の履行に際してされた事業者の不法行為によって、消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、または事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
- 事業者の債務不履行により生じた消費者の解除権を放棄させ、または事業者にその解除権の有無を決定する権限を付与する条項
- 解除に伴う損害賠償の額を予定し、または違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い、当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるものについては、当該額を超える部分
- 支払うべき金銭の全部または一部を消費者が支払期日までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し、または違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払いをする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年14.6%の割合を乗じて計算した額を超えるものについては、当該額を超える部分
- 消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法の信義誠実の規定に関する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する条項
2 利用規約に記載すべき内容
ここまで利用規約を作成する際に気を付けるべき法律について紹介してきました。ここでは、こうした法律の要件を満たした利用規約の内容を紹介します。
1)ユーザー登録
ユーザーが、
- 利用規約に同意した上でユーザー登録を行うこと
- 利用登録にあたって年齢を詐称するなど、虚偽の登録によって生じたトラブルはユーザーの自己責任であること
などを定めます。
2)代金の支払方法
支払方法はECサイト運営者の指定する方法で行う必要があることなどを定めます。
3)サービス内容の変更
ユーザーに通知なくサービス内容などを変更する可能性があることなどを定めます。
4)禁止事項
ユーザーが行ってはならない禁止事項を個別に列挙します。一般的な内容は以下の通りです。なお、当社とはECサイト運営者のことです。
- 本規約に違反する行為
- 当社、当社がライセンスを受けているライセンサーその他第三者の知的財産権、特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、肖像権等の財産的または人格的な権利を侵害する行為またはこれらを侵害する恐れのある行為
- 当社または第三者に不利益もしくは損害を与える行為またはその恐れのある行為
- 不当に他人の名誉や権利、信用を傷つける行為またはその恐れのある行為
- 法令または条例等に違反する行為
- 公序良俗に反する行為もしくはその恐れのある行為または公序良俗に反する恐れのある情報を他のユーザーまたは第三者に提供する行為
- 犯罪行為、犯罪行為に結びつく行為もしくはこれを助長する行為またはその恐れのある行為
- 事実に反する情報または事実に反する恐れのある情報を提供する行為
- 当社のシステムへの不正アクセス、それに伴うプログラムコードの改ざん、位置情報を故意に虚偽、通信機器の仕様その他アプリケーションを利用してのチート行為、コンピューターウィルスの頒布その他本サービスの正常な運営を妨げる行為またはその恐れのある行為
- マクロおよび操作を自動化する機能やツール等を使用すること
- 本サービスの信用を損なう行為またはその恐れのある行為
- 青少年の心身およびその健全な育成に悪影響を及ぼす恐れのある行為
- 他のユーザーのアカウントの使用その他の方法により、第三者になりすまして本サービスを利用する行為
- 詐欺、規制薬物の濫用、預貯金口座および携帯電話の違法な売買等の犯罪に結びつくまたは結びつく恐れのある行為
- 犯罪収益に関する行為、テロ資金供与に関する行為またはその疑いがある行為
- その他当社が不適当と判断する行為
5)退会
ユーザーは、所定の要件を満たした上で、定められた手続きを踏むことで退会できることなどを定めます。
6)損害賠償責任
損害賠償責任が発生する要件や、賠償責任の上限額などを定めます。
7)返品、交換、返金
返品、交換、返金が可能な場合について定めます。
8)著作権・知的財産権
著作権や商標権などを侵害する行為に対する罰則やECサイト運営者の対応方法、二次利用の可否などを定めます。
9)利用規約の変更
ユーザーに通知なく利用規約を変更する可能性があることや、利用規約の変更後にユーザーがサービスを利用した場合は、変更に同意したものとみなすことなどを定めます。なお、前述した通り、利用規約の変更がユーザーの利益に合致しない場合などは、一方的に規約変更ができず、所定のプロセスを経なければなりません。
3 利用規約に基づいた契約を成立させるために
利用規約に法的な拘束力を持たせるには、利用規約をユーザーに明確に表示し、認識してもらわなければなりません。具体的には、次のような点に留意して進めましょう。
- 利用申込み前に利用規約を確認できるように、ECサイトに表示すること
- 利用規約を表示する場所は、利用申込ボタンをクリックする直前などとし、ユーザーが簡単に認識できるようにすること
- ユーザーが利用規約に承諾した上で申し込むことを明確にするため、「利用規約に同意する」というチェックを入れないと利用申込みに進めないようにすること
4 プライバシーポリシーの作成
個人情報保護法では、
個人情報データベースを事業のために利用している個人情報取扱事業者は、個人情報を取得した場合、あらかじめその利用目的を公表している場合を除き、すみやかに、その利用目的を、本人に通知し、または公表しなければならない
と定められています。そのため、事前に利用目的を公表する目的で、ECサイトや自社サイトにプライバシーポリシー(個人情報保護方針)を掲載するのが通常です。プライバシーポリシーの主な内容は以下の通りです。
- 個人情報の利用目的
- 個人情報の管理と保護
- 個人情報の取扱いの委託
- 第三者提供
- 共同利用
- 個人情報の開示、訂正
- 苦情や相談の連絡先
なお、上記を前提とした一般的なプライバシーポリシーの例を以下のコンテンツで紹介しているので参考にしてください。
ECサイト用「プライバシーポリシー(個人情報保護方針)」のひな型
5 特定商取引法に基づく表記の作成
1)ユーザーに安心してもらうための表記
特定商取引法でも、ECサイトに表記しなければならない事項があります。これはユーザーに安心してECサイトを利用してもらうためのものであり、次のような内容になります。
- 販売価格(役務の対価)(送料についても表示が必要)
- 代金(対価)の支払時期、方法
- 商品の引渡時期(権利の移転時期、役務の提供時期)
- 申込みの期間に関する定めがあるときは、その旨およびその内容
- 契約の申込みの撤回または解除に関する事項(売買契約に係る返品特約がある場合はその内容を含む)
- 事業者の氏名(名称)、住所、電話番号
- 事業者が法人であって、電子情報処理組織を利用する方法により広告をする場合には、当該事業者の代表者または通信販売に関する業務の責任者の氏名
- 事業者が外国法人または外国に住所を有する個人であって、国内に事務所等を有する場合には、その所在場所および電話番号
- 販売価格、送料等以外に購入者等が負担すべき金銭があるときには、その内容およびその額
- 引き渡された商品が種類または品質に関して契約の内容に適合しない場合の販売業者の責任についての定めがあるときは、その内容
- いわゆるソフトウェアに関する取引である場合には、そのソフトウェアの動作環境
- 契約を2回以上継続して締結する必要があるときは、その旨および販売条件または提供条件
- 商品の販売数量の制限等、特別な販売条件(役務提供条件)があるときは、その内容
- 請求によりカタログ等を別途送付する場合、それが有料であるときには、その金額
- 電子メールによる商業広告を送る場合には、事業者の電子メールアドレス
なお、上記を前提とした一般的な特定商取引法に基づく表記の例を以下のコンテンツで紹介しているので参考にしてください。
ECサイト用「特定商取引法に基づく表記」のひな型
2)カートシステムの最終画面で必要になった表記
なお、改正特定商取引法の施行により2022年6月1日からは、
カートシステムの最終確認画面において、利用者が注文確定の直前段階で以下の各契約事項を簡単に最終確認できるよう表示すること
が必要になりました。詳しくは消費者庁が運営している特定商取引法ガイドで紹介されているので、参考にしてください。
■特定商取引法ガイド■
https://www.no-trouble.caa.go.jp/
1.分量
商品の数量、役務の提供回数などのほか、定期購入契約の場合は各回の分量も表示します。
2.販売価格・対価
複数商品を購入するユーザーに対しては支払総額も表示し、定期購入契約の場合は2回目以降の代金も表示します。
3.支払時期・方法
定期購入契約の場合は各回の請求時期も表示します。
4.引渡・提供時期
(ユーザーとの解約手続の関係上)定期購入契約の場合は次回分の発送時期等についても表示します。
5.申込みの撤回、解除に関する事項
返品や解約の連絡方法・連絡先、返品や解約の条件等について、ユーザーが見つけやすい位置に表示します。
6.申込期間(期限のある場合)
季節商品のほか、販売期間を決めて期間限定販売を行う場合は、その申込期間を明示します。
以上
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)
- 上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。
提供
松下翔(まつした しょう)弁護士(第一東京弁護士会所属)。リアークト法律事務所代表。弁護士登録以降、社内弁護士や企業法務系法律事務所でコーポレート全般、M&A・組織内再編、スタートアップ支援・芸能関係の業務に多く携わる。一つの問題を解決するにあたって、その問題に内在する原因を的確に抽出、分析し、何故その問題が生じたのかという点を突き詰め、根本的な解決策を提供できるよう心掛けている。
外部から法律顧問として関与する従来の弁護士のスタイルとは異なり、内部に深く入り込み、社内の一員として法務組織を構築していくという独自のサービスを提供し、好評を得ている。