多くの戦略は、構成要素を並べただけの「静止画」にすぎず、従業員や顧客の心を動かせません。勝ち続ける企業には、要素が連動し、因果が通った「物語(ストーリー)」があります。本記事では『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建著、東洋経済新報社)から、優れた戦略に求められる「ストーリー」の力、そして組み立てるポイントを具体例とともに解説します。
企業戦略の優劣は、ストーリーの有無で決まる
持続的に成功している企業には、ある共通点があります。それは、戦略が「ストーリー」として組み立てられているという点です。戦略の構成要素が有機的につながり、時間の流れの中で因果関係を持って展開していく——それが「ストーリーのある戦略」といえます。一方で、近年多く見られるのが「ストーリーのない戦略」です。戦略の構成要素が単に並んでいるだけでそれぞれの因果関係が見えない状態では、「動き」や「流れ」を感じることはできません。これでは、戦略はただの「静止画」のようになってしまいます。
優れた戦略は、まるで「動画」のように、要素がかみ合い、全体としてゴールに向かって動いていく様子が自然にイメージできるものです。その意味では、優れた戦略とは、思わず人に話したくなるような面白いストーリーだといえるでしょう。そして語る本人が、楽しそうに、自信を持って話せるような戦略は、社内外の人々を巻き込み、行動を引き起こす力を持っています。「人を興奮させ、突き動かす力」があるかどうか——それこそが、戦略の優劣を分ける決定的な分かれ目なのです。
「他社との違い」を連動させ、「流れ」と「動き」を生み出す
企業の競争戦略は、「誰に」「何を」「どうやって」提供するのかについてのさまざまな「打ち手」で構成されています。「打ち手」とは「他社との違い」ということですが、これをバラバラに打ち出すだけでは戦略になりません。それぞれの打ち手――「他社との違い」がつながり、組み合わさり、相互作用する中で、はじめて長期利益が実現できるのです。
ストーリーとしての競争戦略は、「つながり」という優れた戦略の本質に軸足を置いています。戦略をストーリーとして語るということは、「個別の要素がなぜ齟齬なく連動し、全体としてなぜ事業を駆動するのか」、すなわち「なぜその事業が競争の中で、他社が達成できない価値を生み出すのか」を説明することです。個々の打ち手は、いわば「静止画」ですが、それぞれが因果関係で縦横につながったとき、戦略は「動画」となります。個別の打ち手を連動させる「流れ」が生まれ、結果として「動き」が浮かび上がってくる――これが優れた戦略の実体なのです。
良いストーリーをつくる3つの構成要素
つまり、企業を構成する要素をつなげて、流れや動きをつけることでストーリーは組み立てられます。ストーリー(戦略)を評価する基準として、次の3つの項目があります。
・ストーリーの強さ(robustness)
ストーリーの強さとは、まずXとYという2つの構成要素の間のつながりを考えることからはじめます。ここでのつながりとは、たとえば、XがYを可能にする(促進する)という因果論理を意味しています。ストーリーが強いということは、XがYにもたらす可能性の高さ、つまり因果関係の確実性が高いということです。
・ストーリーの太さ(scope)
「太さ」とは、構成要素間のつながりの数の多さを指しています。一石で何鳥にもなる構成要素があれば、その分ストーリーは太くなります。
・ストーリーの長さ(expandability)
ストーリーが長いということは、時間軸でのストーリーの拡張性なり発展性が高いということです。反対に、構成要素の間に強いつながりがあっても、将来に向けた拡張性がなければ、それは「短い話」で終わってしまうのです。「それで、どうなるの?」という問いに対して、次々と答えが繰り出されるというのが話の「長さ」なのです。
ストーリーをつくるうえでは、構成要素の間のつながりを強くして、因果関係を明確にし、つながりの数を増やすこと。そして、ストーリーを構成する因果論理のステップを増やすことで、拡張性や発展性を持たせることが大切なのです。
コンセプトこそが「ストーリーの起点」
面白いストーリーに欠かせないのが、独自のコンセプトです。コンセプトはストーリーの起点であり、起点が空疎であればどんな打ち手を繰り出したとしても、強くて太くて長いお話はできません。優れたコンセプトを構想するためには、次の3つの点が大切です。
(1)すべてはコンセプトから始まる
「これだ!」というコンセプトが固まれば、ストーリーづくりの半分は終わったも同然です。時間をかけて頭を使い、本質的な顧客価値を捉えたコンセプトであれば、ストーリーの主要な構成要素が自然と姿を現すでしょう。
わかりやすいのが、スターバックスです。ハワード・シュルツは、職場でも家庭でもない「第3の場所(the third place)」というコンセプトを構想しました。このコンセプトにより、単にコーヒーを飲ませるよりも単価を高くすることができ、「日常的な体験」として顧客が習慣的に足を運ぶようなコーヒーショップが確立したのです。
(2)「誰に嫌われるか」をはっきりさせる
ターゲットを明確にすると同時に、ターゲットではない顧客をはっきりさせる必要があります。小型フィットネスクラブのカーブスは、「3つのM」を排除しました。「鏡(mirror)」「化粧(make-up)」「男性(men)」です。女性が誰かの目を気にすることなく、必要な運動を自分のペースでできる場所、これがカーブスの「女性専用」の論理であり、揺るぎないコンセプトなのです。
(3)人間の本性を捉える
なんとなく聞いていて心地良い「いいこと」の羅列ではなく、人間の本性――感情や気持ちの動きを捉えたコンセプトであれば、人を惹きつけることができます。たとえば『ホットペッパー』の「狭域情報誌」は、人間の本性を直視したコンセプトの好例です。いくら情報化社会になっても、私たちは半径数キロの範囲で日常的な消費を完結させています。これが人間の本性であり、生活圏に限定した情報こそ人々が本当に必要としている情報です。ホットペッパーはそうした情報に特化したからこそ、実際の消費につながる強力なメディアとなったのです。
本書の要点
・戦略には「ストーリー」が必要不可欠
戦略がただの「打ち手の羅列」ではなく、要素が有機的につながって因果関係を持ち、ゴールに向かって展開していく「ストーリー」であることが、成功の鍵となります。
・戦略の良し悪しは「動き」のある設計で決まる
優れた戦略は、個々の施策が連動して「動き」や「流れ」を生み出します。動画のように先を予感させ、人を巻き込む力があるかが、戦略の力を決定づけるのです。
・「強さ」「太さ」「長さ」の3要素で戦略の質を高める
戦略ストーリーを評価するポイントとして、構成要素の因果関係が確かか(強さ)、構成要素間のつながりが多いか(太さ)、時間軸で発展性があるか(長さ)の3点が大切です。

