JALの奇跡的再建を成し遂げた稲盛和夫氏の経営哲学とは

稲盛和夫氏による数々の偉業。その中でも奇跡とも称されるのが「日本航空の再建」だ。どのようにして、JALは生まれ変わったのか、そしてそこから見える、稲盛和夫氏の経営哲学に迫ります。

2010年1月に会社更生法の適用を申請し、倒産した日本航空(JAL)。当時の民主党政権下で稲盛和夫氏がトップに招聘され、再建を目指しました。企業を再建する場合、構造改革、いわゆるリストラも重要ですが、それと同じくらい重要なのは社内の意識改革です。そして、構造改革よりもさらに難しいといわれるのが意識改革なのです。特に、JALのような長い歴史のある企業の意識改革は通常、困難を極めます。稲盛氏はどのような心構えでこの難題に挑んだのか。側近として稲盛氏と共にJAL再建に参画し、意識改革を担当した大田嘉仁氏が著書『JALの奇跡』で当時を振り返ります。(以下、『JALの奇跡』(大田嘉仁著、致知出版社)からの抜粋です)

JALの奇跡

JALの凋落

 航空業界という花形産業の中にあり、日本を代表する国際企業としてその名声を謳歌してきた日本航空が、いつしか赤字に苦しむようになり、ついには事業会社としては戦後最大の二兆三千億円余りの負債を抱え倒産し、世界を驚かせた。二〇一〇年一月のことである。「驕る平家は久しからず」と言われるように、そこに驕りがあったことは間違いない。驕る日本航空に対する国民の視線は厳しく、再建は不可能だと多くの識者は断じていた。

 その日本航空は一年後には、過去最高の千八百億円を、二年後には二千億円を超える営業利益を上げ、世界で最も高収益な航空会社の一つとなった。二〇一二年九月には、再上場を果たした。そして日本航空は現在も高収益を維持している。

過去に何があったのか

 再建のスピードがあまりにも速く、何か裏で特別な優遇措置が取られたのではないかとの疑いも出てきたほどである。しかし、法治国家である日本で、しかも会社更生法が適用され、裁判所管轄のもとで再建が進められた日本航空で、そのようなことができるはずはない。

 倒産したことによって、社員の危機感が高まり、それをバネにして、再建が進んだという見方もある。しかし、危機感があれば、倒産しないはずである。これまでの歴史が証明しているのは、会社更生法が適用された多くの企業では、倒産したことにより社員の心が荒み、さらに経営が悪化してしまうということであり、実際に多くの企業が再建に失敗している。

 では何が起きたのか。

 本書では、私見を述べさせていただいている。私は、大変幸運にも、稲盛和夫さんという無私の経営者の近くで二十五年ほど仕事をしてきた。特に、日本航空の再建では、主に意識改革担当として、三年間、ご一緒させていただいた。そこで、私が感じたことは、痛み傷ついていたJALの社員の心が、見る見るうちに健全な心へと甦っていったということである。倒産という極限の状況に置かれながらも、一致団結し、明るく前向きに再建に取り組んだ。人間という集団が善き思いをもち、心を一つにして取り組めば、想像を超えるような力を発揮できるということを私は実感することができた。なぜそれができたのか。それはリーダーである稲盛さんに、誰から見ても納得できる、全く疑いようもない純粋な善き思い、途方もないほどの大きな愛があったからとしか説明はできない。世界中に企業を再建した経営者は数多くいる。しかし、初めから無報酬を条件とし、高齢であるにもかかわらず、誰よりも誠実に真剣に再建に取り組み、成功しても、一円の対価も求めず、しかも、成功すると自らすぐにその地位を退いた経営者はいないのではないだろうか。そのようなリーダーの姿を見て、その善き思い、愛に触れて、当事者である全社員が奮い立ったのである。

逆境の中で決意を固める

 稲盛さんは、着任後、JALの関係者に「私の副官で、フィロソフィを一番わかっていて、社員の気持ちもわかる男だ。だから、彼に意識改革を任せることにした」と私を紹介していた。その言葉を聞き、実力以上に高く評価してもらっていると面映ゆく感じる反面、期待と責任の大きさを感じていた。

 ただ、その時は何もわかっていなかったので、「どうにかなるのだろう」と、その責任感はある意味でぼんやりしていた。しかし、JALに着任して少しずつ私は責任の重さを理解するようになる。新聞や週刊誌には、「JALの官僚的な体質が一番問題であり、これまでも幾度となく意識改革に取り組んだが失敗している。だから、意識改革が一番難しい」と書かれていた。私も、幹部の人と話をして、それまでのJALの社風の異常さを肌で感じていた。

 その社員の意識を変えなければならない。着任して数週間たつ頃には、自分の果たすべき役割に強烈なプレッシャーを感じ始めていた。

職員3万人の意識改革というプレッシャー

 マスコミが失敗すると決めつけているようなJAL再建に稲盛さんは人生をかけて取り組み、必ず成功させると宣言している。その稲盛さんの指名を受けて、意識改革を通じてJAL再建のお手伝いができるということは、困難なことはわかってはいたが、自分の人生の中でも最も意義のある仕事であることは間違いない。それを意気に感じ、自分の役割はどうしても果たさなくてはならないと強く思っていた。実際に、もう逃げ場はなかった。私が、弱気になったり、諦めたら、JALの再建はできない。だから、必ず意識改革を成功させようという気力は充実していた。

 しかし、肉体はそうはいかなかった。私には、航空業界の知識も社員教育のノウハウもない。また、何かを相談しようにも、周りに知っている人は誰もいない。「稲盛さんの経営哲学をベースに意識改革をすれば、必ず再建はできますよ」と話しても、「稲盛さんの経営哲学は本を読んで知っている。中小企業だった京セラを大きくしたらしいけれど、それは製造業だからできたのであり、サービス業であり、巨大企業であるJALに適用できるはずはないでしょう」と相手にもされない。

 私は再建は必ずできると信じ、そう話していた。しかし、深層心理では、巨大な不安と闘っていたのであろう。夜、一人でいると、何をしても寝付けなかった。心と身体がばらばらで、心のほうは必ず成功させると意気込んでいても、身体のほうはこの厳しい状況から逃げ出そうと勝手に動き出すこともあった。最初の数か月は自分の弱さを痛感した時期でもあった。

 しかし、JALに出社すると稲盛さんが、いつものように、明るく前向きに、そして、平然とJALの会長として陣頭指揮を執っておられる。その姿に励まされ、私も与えられた役割を必ず果たそうと覚悟を決めた。

「JALの奇跡」がもたらした功績

 JALの奇跡的ともいえる再生は厳然たる事実であり、誰も疑うことはできない。そのことは、人間の心はもともと美しく、私たちが想像する以上の偉大な力をもっていることを教えている。そして、その心はもし一度何かに染まってしまっても、純粋な善き心に触れると再生され甦ることができることを、さらには、善き心が中心にあれば、人間は団結することができ、不可能と思えることさえも実現できることを示している。

 現代社会は、物質的には豊かになったが、それでも不平不満を言う人も多い。しかし、そのような世知辛い世の中であっても、善き思いを貫けば、すばらしい人生が送れる。そのことをJAL再建が明確に示した。そのことが、JAL再建の最大の価値ではないだろうか。

意識改革は構造改革とは違い、「これをすればうまくいく」というロードマップが明らかなものではありません。トップ自らが必ず再建するという揺るぎない決意を示すとともに、淡々と明るく日々の業務をこなす。稲盛氏がそうした姿勢を見せることで、JALの社員たちの態度も徐々に変わっていきました。かくして、当初はJAL再建に懐疑的だったマスコミも驚くほどの再建を果たすことができたのです。

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上記記事は、本文中に特別な断りがない限り、2024年12月13日時点の内容となります。
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