2023年4月、「人への投資」を議題にしたG7倉敷労働雇用大臣会合が岡山県で開かれました。そこで議論された1つが「人的資本への投資」です。人材不足が経営上のリスクとなる中、近年は「人的資本経営」が注目されています。その具体的なアプローチや効果についてご紹介します。
2020年の「人材版伊藤レポート」で話題に
人的「資本」よりも人的「資源」(ヒューマンリソース)の方が馴染みがある、という経営者もいらっしゃるかと思います。配分や管理のニュアンスがある「資源(リソース)」と比べると、「資本(キャピタル)」は価値を高める元手としての色合いが濃くなります。
人的資本経営が脚光を浴びたきっかけは、経済産業省が2020年に発表した「人材版伊藤レポート」(※1)です。人事戦略を人事部門任せにするのではなく、経営戦略と連動させて経営陣が関与するための実践方法をまとめたものです。
関心が高まっている背景には環境の変化があります。少子化や産業構造の変化による人手不足、転職市場の拡大、働く人の価値観の変化、先行きの読みにくさなどを受け、人材の重要性が高まっています。
「コスト」ではなく「投資」と捉える
同レポートでは、持続的に企業価値を高めるためには人材戦略の変革が必要だとして、その方向性が示されています。
例えば人材マネジメントの目的なら、効率的に管理するべく人事制度の運用を改善するのではなく、人材を成長させて価値を生み出します。それに必要な支出は、「コスト」ではなく「投資」と考えるべきだといいます。
雇用コミュニティーで言えば、終身雇用や年功序列による「囲い込み型」から、多様でオープンなものへ。組織と個人は、相互に依存するのではなく、共に成長する関係に変えるというものです。
人材戦略に求められる5つの要素
さらに、その人材戦略には5つの要素があります。
①動的な人材ポートフォリオ・・・現時点での人材やスキルを起点とするのではなく、経営戦略の実現という将来的な目標から逆算する形で必要な人材の要件を定義し、人材獲得・育成する必要があります。
②知・経験のダイバーシティ&インクルージョン・・・多様な価値観や個性を受け入れます。社会の課題やニーズが多様化し、変化が激しい今、さまざまな知見やバックグラウンドが組織の総合力を高めます。
③リスキル・学び直し・・・新しいスキルや技術を身につけます。冒頭のG7大臣会合では、リスキリングが「人への投資」であり、生産性向上や賃上げにつながるものと位置付けられました。
④従業員エンゲージメント・・・自主的な貢献意欲や愛着の醸成が重要です。例えば、年功序列などの画一的な評価制度から貢献度に応じた体系に見直し、給与や退職金に反映させる等の対応も検討してみましょう。
⑤時間や場所にとらわれない働き方・・・リモートワークやサテライトオフィス整備に代表される柔軟な働き方を導入します。生産性向上のほか、さまざまな事情や価値観をもつ人材の力を引き出せる可能性が高まります。
特に「従業員エンゲージメント」は、転職市場が拡大する今、定着率を高める上で重視されています。会社とビジョンを共有できたり、事業への理解が深まると離職対策になります。自律的な従業員が育てば、イノベーションも生まれやすいでしょう。
持続的な企業価値向上に効果
人材戦略の身近な例には、従業員が働きやすい就業環境の整備や退職金・企業年金制度があります。費用を投資と捉え、ダイバーシティを尊重する制度に変革することで、人材獲得や定着にも有効になり、持続的な企業価値の向上につながります。
経産省の調査(※2)によると、人材戦略の実行段階で足踏みする企業が多いのが現状です。ただ企業規模に関係なく、先行きが不透明な時代。息の長い取り組みを始めることで、「働きがい」と「経済成長」の両立を目指しましょう。
(※1)経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」
(※2)経済産業省「人的資本経営に関する調査 集計結果」(2023年5月)
SDGsについて、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。