同族経営企業が知っておきたい「ファミリーオフィス」

米田 隆
1981年早稲田大学法学部卒業後、同年(株)日本興業銀行入行。1985年同行の行費留学生として米国フレッチャー法律外交大学院卒業(修士号取得)。1991年(株)グローバル・リンク・アソシエイツを創業し、日本企業の対外進出、海外企業の対日直接投資を支援。1996年には(株)グローバルベンチャーキャピタルの共同設立パートナーとして参画。1999年エル・ピー・エル日本証券(株)(現在PWM日本証券(株))の代表取締役に就任。2008年よりファミリービジネス学会の理事。2012年より公益社団法人日本証券アナリスト協会プライベートバンキング教育委員会委員長に就任。2015年早稲田大学商学学術院ビジネス・ファイナンス研究センター上級研究員(研究院教授)、2021年(株)青山ファミリーオフィスサービス取締役に就任。


事業承継がうまくいかず、頭を悩ませるオーナーは少なくありません。事業を巡る外部環境が激変する中、「今のまま」の形にこだわるだけでは、問題は解決しません。事業を売却しても、一族の再生の道はあります。国内外のファミリービジネスに豊富な知見を持つ米田隆氏に話を伺いました。

事業承継時に存在する複数の道

事業承継時に問われるのは「一族が事業のベストオーナーであるか否か?」です。営業キャッシュフローが3期連続マイナスで改善の見込みがない、というような事態であれば、もはやベストオーナーではないと言わざるを得ず、事業の売却を考えるべき状況にあると言えます。ただし、事業を全て売却せずとも、不採算部門1つを売却すれば引き続き経営が可能というケースもあります。

事業承継に向けたセルフチェックシート

ベストオーナーであると考えられる場合でも、親族による承継ができなければどうでしょうか? 所有と経営の分離(プロ経営者を招聘し、一族は引き続き株主として機能するなどのケース)という道もありますが、これが難しければ売却、もしくは経営陣によるMBOが最適解ということになります。MBOのネックになるのは会社の資産規模。バイアウトのために、例えば50歳を過ぎて1人あたり5000万円も現金で用意するのは、負担が大きいはずです。したがって、株式価値が数億円以上ならば、社外への売却が現実的な選択肢となります。

何が究極の目的か?

売却を逡巡するオーナーは少なくありません。理由は主に2つあります。まずは自分の代で事業を現金化することへの罪の意識。もう1つは、売却によって多額の現金を手にすることが果たして後継世代のためになるかどうか、自分で働いて生きる力を失うことに繋がらないかという恐れです。

ここで考えていただきたい究極の問いがあります。それは「今の形の一族事業の永続化が目的なのか? それともビジョンやミッションと社会的影響力を持つ一族自体の永続化が目的なのか?」という問いです。

ファミリーオフィスを用いた一族の再生

私が提唱したいのは、ファミリーオフィスを用いた一族の再生可能性です。

「ファミリービジネスの真の価値とは?」で述べたように、ファミリービジネスが持つ資産には、有形資産(お金や不動産など課税対象となる資産)のほかに、無形資産(地域社会からの信頼、経験やスキル、一族の持つ絆や歴史、理念など)があります。

ファミリーオフィスは、いわゆる相続対策を主目的とした資産管理会社と同義ではありません。有形資産の管理はファミリーオフィスの機能の一つにすぎません。さらに重要な機能は、一族の富の源泉である無形資産を洗い出し、一族間で共有・維持する仕組みを構築することです。

つまり、事業そのものではなく、一族の永続化のために進化することを支援するのがファミリーオフィスの本質的な役割なのです。

たとえ事業を売却したとしても、そこで得た現金を使って、別の事業をおこしていくこともできますし、インパクト投資に充て地域へ貢献することで、一族の持つ理念やノウハウを社会で開花させるという道もあります。単なる寄付はお金を出したら終わりという意味で消費性を帯びています。一方、インパクト投資はポジティブで測定可能な社会的及び環境的インパクトを生み出すと同時に、財務的リターンも意図する、投資的なものです。

事業を売却したことで得た多額の現金をそのまま置いておけば、後継世代は現金の重みに押しつぶされ、自律的に生きていく力を失いかねません。ですから、無機質なお金だけが残るという事態は避けるべきで、一族の持つ理念を背景として社会に与える影響力を維持・永続化する仕組みを構築するのがファミリーオフィスです。

そのためには、一族をしっかり教育し、ガバナンスを利かせる仕組みを持たなければなりません。しっかりとしたファミリーオフィスを構築できれば、事業を売却したあとも、一族の持つ無形資産を引き続き蓄積し、一族の永続化が可能となるのです。

事業承継について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。

上記記事は、本文中に特別な断りがない限り、2024年7月26日時点の内容となります。
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