株式会社TIM Consulting 取締役 船橋郁恵
社会保険労務士・企業年金総合プランナー(1級DCプランナー)
出版社にて管理部門を担当したのち、社会保険労務士資格を取得。多くの企業や人と接するなかで、一人ひとりに寄り添ったサポートの重要性を感じ、企業におけるライフプランセミナー等の企画・運営に携わる。また、企業年金コンサルタントとして、企業型DCやiDeCo+制度等の導入支援を行うとともに、制度の魅力を広く発信し、普及推進を目指し活動中。
企業年金を実施していない従業員数300人以下の企業を対象にしているiDeCo+(イデコプラス・中小事業主掛金納付制度)。これを上手に活用することで、社員のエンゲージメント向上のみならず、採用にも良い影響が期待できます。TIMコンサルティングの船橋郁恵取締役にお話を伺いました。
イデコプラスを採用する企業が増えている
インフレに対応するために賃上げの機運が高まっています。今後は退職給付についても、インフレに対応力のある制度に見直そうという動きが出てくるのではないかと思います。そんな中、イデコプラスを導入する中小企業が増えています。2024年7月末で、実施事業所数は7,979事業所。前年同月比で24%増えました。
DB(確定給付企業年金)やDC(確定拠出年金)などの退職給付制度を導入していない中小企業(従業員数300人以下)を対象に、イデコに加入している従業員の掛け金に、会社が上乗せして掛け金を拠出できる制度がイデコプラスです。イデコプラスは従業員の資産形成支援を目的とした福利厚生制度ですが、将来の所得確保につながるという点では、退職給付と同様の効果を持つ制度と捉えることができると考えています。
イデコプラスは事業主掛金のほかにコストが掛からず、中小企業でも導入しやすい制度です。また、従業員が安心して長く働くことができる環境を作りたいという企業の姿勢を明確に伝えることで、従業員のエンゲージメントを高め、定着率の向上につなげることができます。福利厚生の充実を図るとともに企業の魅力の引き上げも期待できるため、導入企業が増えてきているのだと感じております。
企業規模が小さいことのメリットとは?
イデコプラスを導入している企業の加入者数を見てみると、下図のように10人以下が8割ほどを占めます。
規模が小さいため、大企業と違って従業員の投資教育に資金や人手を割くことができないとネガティブに考える事業主もいるかもしれませんが、逆に規模の小ささがメリットとして働くケースもあります。
イデコプラスは従業員に先にイデコを実施してもらい、そこに企業が掛け金をプラスする仕組みですから、まずは従業員一人ひとりにイデコに興味を持ってもらう必要があります。そこで、ある中小企業の社長は自らが勉強をして、イデコのみならずNISAも含めた、資産形成に関する勉強会を主催。社員に投資の知識をつけていきました。
日本人はデフレに慣れてしまっており、元本割れを極端に恐れるなど、投資に理解の低い人も少なくありません。しかし、少人数の勉強会なら、手助けが必要な従業員は個別に気にかけるなどのフォローも可能です。こうしたきめ細かな対応は、外部からスポットで派遣される講師にはなかなかできないことです。
従業員に説明する際のポイントは、単なる制度の解説ではなく、リアルな運用について伝えることです。たとえば、過去を見ても明らかなように、ブラックマンデーやITバブル崩壊、リーマンショックなど、株式は定期的に暴落します。しかし、その後、株価は再び上昇しています。「ショック時には平均で何パーセントほど下げる。ただし、何年くらいで戻ってきた」というような過去のデータをしっかり伝えることが大切です。そして、DC制度における投資は長期投資ですから、「一時的にショックが来て運用資産が下がってもいいように、余剰資金でやろう」ということも伝えられると良いかと思います。
また、分散投資というと複数の投資信託を持っていれば良い、という程度に考える人もいます。しかし、同じようなポートフォリオの投資信託をいくつ持っていても分散投資にはなりません。そのため、中身をしっかり精査する必要があります。こうした、運用するに当たって実践的な投資教育をしていくことで、従業員の投資スキルが上がっていきます。
取引のある金融機関にフォローを依頼することもできます。もちろん、イデコプラスではどの金融機関を選ぶかは従業員が自分で決めることで会社は口出しできませんが、「ここの金融機関で良ければ、フォローしてもらえるよ」と取り次ぐことはできます。
若手社員の採用にも効果あり
最近の20代の社員は、資産運用に高い関心を持っている人が少なくありません。「年金」と言ってしまうと「まだ先の話だな」と思われてしまいますが、「イデコプラスはNISAと同じで投資。つまり資産運用の一環だよ」と伝えてあげれば、興味を持ってもらえると思います。
トップが従業員の資産形成を後押しし、教育も熱心に行う姿勢を見せることは、福利厚生の充実にもなりますから、エンゲージメントが高まる効果が期待できます。また、採用時にもアピールすることで、応募者から好感してもらえるはずです。
まずはトップ自らがイデコやNISAを実践してみて、従業員へ広げていくことも検討していただければと思います。
人材戦略について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。