こんにちは、弁護士の松下翔と申します。
会社設立時には良好な関係でも、事業方針等をめぐって対立し、関係が悪くなってしまう株主がいます。こうして関係が疎遠になると、出資を受けているのに連絡先が分からない株主が出てくることがあります。
日ごろは、所在不明の株主(以下「所在不明株主」)がいてもあまり支障はありません。しかし、 組織再編、M&A、事業承継を検討する段階に至った際は、その対応が大きな悩みの種となります。この記事では、所在不明株主への対応について、どのような方法があるかを説明します。
1 所在不明株主への対応
所在不明株主が保有する株式については、当該株主の意向によらずに処分することはできません。そのため、会社をグループ化して完全親子会社化したり、株式を全て第三者に譲渡したりする段階において、問題が生じます。
このような場合、次の方法によって問題解決の道筋が立てられるかもしれません。
1)所在不明株主の居所を調査する
現在連絡は取れないものの、居住している場所にて住民登録をしている場合は、弁護士に依頼するなどして、株主の住民票が登録されている住所地を調査してみましょう。当該住所地に居住しているようであれば、書面送付などの方法でコンタクトを取って、協議を試みることが考えられます。
この方法は、所在不明株主から任意に株式を譲り受けるために協議をして、解決することを想定したものです。もし、協議による任意での解決が難しい場合には、功を奏しない方法といえるでしょう。
2)所在不明株主の株式を強制的に取得または排除する
上述の調査をした結果、所在不明株主の居所が分からなかった場合は、当該株主の株式を強制的に取得する方法を検討する必要があります。具体的には次の3つの方法が考えられます。
- 所在不明株主の株式売却制度
- 特別支配株主による株式等売渡請求制度
- 株式併合を用いた株式の強制取得
それぞれの方法には、実施に当たって要件がありますので、次章以降で詳述します。
2 「所在不明株主の株式売却制度」とは
所在不明株主の株式売却制度は、1.株主に対して行う通知または催告が、5年以上継続して到達しなかったとき、かつ、2.その株主が、継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったときに、対象会社が当該株式を競売したり、一定の条件のもと任意売却したりすることができる制度です。対象会社が株式を買い取ることも認められています。
具体的な手続きの流れは割愛しますが、おおむね次の流れを経ることになります(取締役会設置会社の場合)。
1)所在不明株主の処理方法に関する取締役会決議
所在不明株主の株式をどのように処理するのか(競売、売却、買受)を、社内にて決定するプロセスになります。
2)異議申述手続
一定の期間内に異議を述べることができる旨などの事項を公告するとともに、所在不明株主に対して各別の催告を行います。なお、異議を述べることができる期間(3カ月)において異議がなかった場合に換価可能となり、株券は無効となります。
3)換価手続
換価方法は、競売、第三者への売却、会社による買受という方法があります(取締役会決議を経た方法になります)。
第三者への売却、会社による買受において、対象となる株式に市場価格がある場合は、それによることになりますが、市場価格がない場合は、取締役全員の同意により裁判所に株式売却許可申立を行い、売却許可決定を得る必要があります。
所在不明株主は株券が無効となり、株主たる地位を失う代わりに売却代金請求権を取得します。なお、売却代金は株主に交付する必要がありますが、所在が不明ですので、株主に交付する機会がないことが多くなります。その場合は、供託されることになります。
3 「特別支配株主による株式売渡請求制度」とは
特別支配株主による株式売渡請求制度は、単独または完全子会社等で、総株主の議決権の90%以上を保有する株主(特別支配株主)が、少数株主の有する株式の全部を、少数株主の個別の承諾なく売渡しを請求できる制度です。
当該制度は、株主総会決議を経ることなく、取締役会決議(取締役会非設置会社の場合は、取締役の過半数)のみで手続きを進めていくことができます。具体的な手続きの流れは次の通りです。
1)対象会社への通知
特別支配株主は、対象会社に対して一定の事項(株式等売渡請求をする旨、売渡株主に対する対価の内容、取得日等)を通知します。
2)対象会社の承認
対象会社が取締役会設置会社の場合は、取締役会の承認決議(取締役会非設置会社の場合は、取締役の過半数が承認)を経ることになります。
3)売渡株主への通知または公告
対象会社は、上記承認後、取得日の20日前までに、売渡株主に対し、一定の事項(承認をした旨、特別支配株主の氏名・名称・住所、売渡株主に対する対価の内容、取得日等)を通知または公告します。
これにより、特別支配株主から売渡株主に対し株式等売渡請求がされたものとみなされます。また、この通知は、株主名簿に記載された住所に通知をすればよく、当該通知は、通常到達すべきであったときに到達したものとみなされます。
4)事前開示書面の備置
対象会社は、上記通知または公告のいずれか早い日から取得日後6カ月(非公開会社の場合は1年)を経過する日まで、事前開示書面を本店に備え置きます。
5)売渡株式の取得
特別支配株主は、取得日に売渡株式の全部を取得することになります。
6)事後開示書面の備置
対象会社は、取得日後遅滞なく、事後開示書面を本店に備え置きます。
なお、特別支配株主による株式売渡請求制度を利用する場合、特別支配株主以外の全ての株主を対象にする必要があるため、所在不明株主以外の株主が存在するときは、当該株主にも効果が及ぶことに注意しましょう。
4 「株式併合を用いた株式の強制取得」とは
株式併合とは、発行済み株式総数を減らすために、複数の株式を合わせて、1株に統合することをいいます。この方法を利用して、所在不明株主の保有する株式数を1株未満の端数株式になるように株式を併合し、強制的に株主から排除することが考えられます。なお、端数株式については、会社が現金で買い取ることが一般的です。
株式併合を用いた株式の強制取得は、特別支配株主による株式売渡請求制度と異なり、総株主の議決権の90%以上を保有する株主でなくても実行可能な方法です。ただし、株式併合を行うに当たっては株主総会の特別決議が必要になります。具体的な手続きの流れは次の通りです。
1)事前開示書面の備置
対象会社は、株主総会に先立って、事前開示書面を本店に備え置きます。
2)株主総会
株式併合をするための株主総会決議は特別決議になります。
3)株主に対する個別の通知発送
株式併合の効力発生日の20日前までに、全株主に対して、個別に株式併合の割合等を通知します。
4)効力発生
株主総会で決議した効力発生日に株式併合の効力が生じます。
5)事後開示書面の備置
対象会社は、株式併合の効力が生じた後、遅滞なく、事後開示書面を本店に備え置きます。
株式併合を用いた株式の強制取得を用いることにより、所在不明株主を排除することが可能になります。なお、所在不明株主の端数株式を買い取るに当たって行う裁判所への申し立てについては、若干手続きが煩雑だと思われるため、弁護士等の専門家と相談をしながら手続きを進めていくのが良いでしょう。
5 面倒な事態を避けるためのアドバイス
所在不明株主の株式を強制的に取得または排除する方法は幾つかありますが、これらは、必ずしも簡易な手続きで迅速に行うことができるわけではありません。
そのため、できる限り所在不明株主を生じさせないように、「日ごろから株主間のコミュニケーションを充実させる」「株主間契約を締結しておき、連絡が取れなくなった場合の対応のルールを決めておく」ことは重要でしょう。
それでもなお、所在不明株主の対応が必要になった場合は、紹介した2つの方法の中から適したものを選択、実施していくことになります。その際は、手続不備により、株主関係がかえって複雑にならないように、弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。
なお、組織再編やM&Aなどの解説については、以下のコンテンツを参照ください。
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以上
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執筆:リアークト法律事務所 弁護士 松下翔
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