相続時に遺族の方々が直面する難問のひとつとして美術品の取り扱いがあります。それぞれの作品の評価をもとに相続税の申告を行わなければならないのですが、この評価の算出には非常に手間ひまがかかるものです。日本美術や古書を取り扱う思文閣の入江学取締役に、相続時の美術品の取り扱いについて、お話を伺いました。

入江 学(いりえ・まなぶ)
平成10年 株式会社思文閣入社
平成31年 同社取締役就任
「思文閣大入札会」の責任者として、さまざまな査定や評価の依頼に対応している
プロの鑑定査定が重要
思文閣は日本美術のセカンダリー(中古)市場では有力なプレーヤーであると自認しています。年に6回開催しております会員制の「思文閣大入札会」には、国内外のコレクターが多数参加し、落札率も80%を超えるなど盛況を博しています。また、相続に関するご相談も多数寄せられており、専門的な知識と経験を活かしてお客さまのニーズにお応えしています。
ご家族の中に美術品コレクターの方がいらっしゃる場合、その方が亡くなられた際には、残された美術品を引き取り、必要に応じて相続手続きを行うことが求められます。その場合、専門家にそれらの美術品の査定をしてもらう必要があります。個人が独自の価格を設定して税務申告を行っても、なかなか認められにくいと思います。古物商の許可証を持ち、古美術の知識を有する専門家の鑑定査定が重要になります。

その際、個々の美術品についてご購入者が記録を取り、それらを整理して残している場合販売元に問い合わせれば相続時の価格が判明することもあります。一方、ご購入者が記録を残していない場合は一から査定してくれる古美術商を探す必要があります。コレクションの秘匿等により、記録を残していない方も比較的多く見受けられます。
作品ごとの記録の取り方
記録を取る際の重要項目は以下の5つです。その中でも特に購入時期が重要で、美術品市場の相場は、10年あるいは20年単位で劇的に変わることが多いです。たとえば1980年代バブル経済の最盛期と、1990年代のバブル崩壊直後では、相場が大きく異なります。
- 作品名
- 作家名
- 購入時期(いつ購入したか)
- 購入価格(いくらで購入したか)
- 購入場所(どこで購入したか)
もし、ご本人またはご家族に美術品のコレクターがいらっしゃる場合は、ご存命の間に目録を作成しておくことをお勧めします。
コレクションが数点であれば、比較的短期間で調査が終わることが多いですが、大量にある場合は相続税の申告期限である10か月ぎりぎりまで時間がかかるケースもあります。私の経験の中で、大量の美術品を保有され目録を作成していなかったご家庭では相続にあたって一から時価評価額の書類を作る必要があり、最終的に10か月の期限ぎりぎりまでかかりました。また、申告期限までに全美術品の書類作成が間に合わなかったというケースもありました。したがって、点数が多ければ多いほど、事前に目録を作成しておくべきです。
目録を作成するにしても、一般の方では十分な準備が困難な場合があります。記録を整理する段階から専門家に相談することをお勧めします。たとえば日本美術では、近世(江戸時代)以前と近代以降では査定・評価する専門家も違いますからね。
美術品相続はなぜ難しいのか
ただし、相談する専門家の選び方、探し方もかなり難しいのです。古美術商とひとくくりに言っても、おもに茶道具を扱う店、掛け軸や屏風などの書画を扱う店、陶磁器、工芸品、仏像、彫刻、古文書、浮世絵など、さまざまです。それぞれ専門店があって専門家がいます。
思文閣は特に書画・古文書・絵画を専門として取り扱っています。多様なジャンルの作品の評価を求められた場合、全体の評価はできませんが、「この作品はこういうところに持っていくといいですよ」といったご案内はできます。思文閣は古美術の業界でお付き合いの幅が広いので、専門外の作品でも一旦お預かりして調査することもあります。
思文閣の時価評価サービスの手数料は点数に応じて決めています。1点から10点で10万円、20点から30点で20万円、というように、10点10万円単位になっています。ほかに交通費と人件費(日当)をいただいています。ただし、ご売却を前提にした査定の場合は、相当の遠方でなければ手数料は無料です。
相続の準備としては、コレクションの価値を知るための準備だけではないのです。たとえば、ご両親の遺品でもあるので将来にわたって売却せず、大切に所有するとした場合でも、事情は変わっていくものです。兄弟姉妹が何人もいますと、意見がまとまらないうちに査定を始めることになり、「この作品は残そう」、「この作品は売却しよう」という意見が飛び交い、次第に家族間の関係が険悪になるケースも少なくありません。円滑な相続のためには、早い段階からご家族で意見をまとめておくことも重要です。
また、実家が地方にあり、ご遺族が都市圏でバラバラに住んでいると、ご家族に集まっていただいて私たちがご相談しようとしてもタイミングが合わず時間が過ぎていきます。10か月は意外にあっという間です。その間、美術品だけではなく、不動産などの相続手続きも加わると更に時間を要します。特に都市圏からのご依頼では、このようなケースが多く見受けられます。
相続は、時間が経つほど準備が難しくなることがあります。ご家族の状況やコレクションの扱いについて、早い段階から検討を始めておくことで、円滑な手続きにつながります。ぜひ、この機会に一度考えてみてはいかがでしょうか。
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