コロナ禍や止まらぬ原材料の高騰を受け、企業のコストに対する意識は極めてシビアな時代を迎えています。その一方で競争力を維持し、事業を発展させるためには新たなスキルと視点を持つ人材を継続的に確保していく必要があります。採用に関する経費も限られる中で、最近欧米で関心が高まっている戦略が「静かな採用(quiet hiring)」です。
限られた人材で、時代に応じた組織力を最大化しようとする試みですが、実はこの戦略、日本の企業においてはすでに実施しているケースが多いのです。今回は「静かな採用」の意味や、企業と従業員へのメリットなどについてお話しします。
従業員を別の役割にシフトさせる
「静かな採用」は明確な定義があるわけではありませんが、「新たな人材(正社員)を雇用せずに、企業が新しいスキルを得ること」とされています。既存の従業員に異なる役割を与え、まるで新たな人材を追加採用したかのような効果を生み出す戦略です。
パートタイムや短期間の契約社員を雇うことも想定されますが、一般的には必要とされているポジションのための正式な採用を行わず、既存の従業員で対応することと考えられます。新規採用に伴うコストを抑制しながら組織内のスキルと知識を最大限に活用するのです。
「静かな採用」が注目を浴びている背景にあるのは、言うまでもなく人材不足です。
いわば従業員の再配置とも言える施策ですが、もうお気づきでしょう。これは日本の企業では人事異動の機会に合わせ、ごく当たり前に行われてきた手法です。ところが最近、職種を限定するジョブ型採用が一般的な欧米でも活用事例が生まれたことで一段と注目を集めました。
「世代交代促進」「スキルと生産性向上」
従業員のやりくりで人材不足を解消するやり方は、企業や働き手にとってメリットがあるのでしょうか。
まずは、経営者が社内の世代交代を円滑に進める1つの手段として機能します。新たな役職や責任ある業務を担当することは、若い従業員の成長機会となるだけではなく、組織全体として新たな視点やアイデアを採り入れることになります。埋もれていた才能やスキルの持ち主を、企業が発掘する機会にもなるでしょう。また、緊急のニーズやビジネスの最優先分野に人材を充てる場合、時間と経費のかかる正規の採用手続きを経ずに対応できるメリットもあります。
対象となる従業員は新たな視野を持ち、問題解決スキルをレベルアップさせることになります。従業員のスキルが上がれば能力を発揮する機会が増え、自身の生産性向上にもつながります。
また、「静かな退職(quiet quitting)」への対応策にできる可能性があります。「静かな退職」とは、働きすぎずに決められた仕事だけを行い、退職したかのような精神的な余裕を持って働くこと。ワークライフバランスを重視する人々が選んでいる働き方といえますが、仕事への熱意がなく静かな退職者になりうる存在が増えていくという見方もあります。
経済産業省の未来人材会議でも『日本企業の従業員エンゲージメントは、世界全体でみて最低水準にある』、『「現在の勤務先で働き続けたい」と考える人は少ない』との見解が示されています。(※)企業が従業員の不満に耳を傾け、やる気を取り戻す手がかりが分かれば、それに見合う新たな役割を任せることで従業員に変化が生じるかもしれません。
企業の適切なサポートがあってこそ
この戦略を実行するに当たっては注意すべき点もあります。過度に作業負担を増やすことで従業員が疲弊してしまっては意味がないので、適切な研修やトレーニング、サポートの提供が大事になります。作業量や成果に応じて、昇給や賞与など金銭的な待遇も検討すべきでしょう。何より経営者が対象となる従業員に明確な説明責任を果たす必要もあります。単なる業務の押し付けでは逆効果になりかねません。
これらを踏まえた上での「静かな採用」は、コストを抑えつつも従業員が持つ潜在能力を引き出し、新たな役割と責任を通じて組織全体を発展させることが期待できそうです。
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