「ゆりかごから墓場まで」という言葉があるように、かつては学校を卒業したらすぐ就職し、その会社で懸命に働いて定年まで勤め上げれば、退職金と公的年金で生活に困ることなく生涯を終えることができました。しかし、人生100年時代に突入し、退職金と公的年金だけでは老後資金が不足してしまう時代になりました。とくに中小企業では「そもそも退職金制度がない」「退職金制度があっても、とても少額」というところも少なくありません。しかし、慢性的な人手不足の解消や人材の定着率向上のためには、魅力的な制度の導入は不可欠です。従業員の老後の不安を解消するため、退職金制度をまだ導入していない企業は導入を、すでに導入している企業はより満足度の高い制度の追加や変更も検討すると良いでしょう。
退職一時金と企業年金の導入状況
まずは、退職金制度をどれくらいの企業が導入しているのかを見てみましょう。
厚生労働省「令和5年就労条件総合調査 結果の概況」をもとに作成したデータによると(※1)、退職一時金と企業年金を合わせると74.9%の企業が導入しています。
企業の従業員規模が大きくなるほど企業年金の導入が多い傾向がある一方で、従業員規模300人未満企業の年金導入率はまだまだ低位です。つまり、中小企業にとっては、制度の導入により他社との差別化を図りやすいといえます。
かつてはほとんどの企業が導入していた企業年金制度。加入者数は、適格退職年金制度の廃止(2012年)に向けて2004年まで減少が続いた後、近年はほぼ横ばいで推移しています。適格退職年金・厚生年金基金から、確定給付企業年金(DB)・企業型確定拠出年金(企業型DC)に移行してきました。
DB・企業型DCは2001年に誕生した制度で、とくに企業型DCは加入者自身が運用を行う、原則60歳まで引き出せないなど、従来の企業年金とは大きく異なる特徴を持っており、加入者・事業所件数ともに拡大しています。(※2)
また、個人型確定拠出年金(iDeCo)の利用も増加。こちらは国民年金や厚生年金などの公的年金に上乗せされる、老後資金づくりを目的とする年金制度の1つです。
最後にiDeCo+(中小事業主掛金納付制度)の加入者数の推移を見てみましょう。2018年に開始された比較的新しい制度で、従業員が加入するiDeCoに、事業主が掛金を上乗せで拠出できる制度です。実施事業者数、加入者数ともに増加しています。(※3)
企業年金導入のメリット
企業年金を導入した企業には、どのようなメリットが考えられるでしょうか。
①費用負担を平準化し、企業の資金繰りが安定
退職一時金制度では、退職者が出るたびに企業は退職金を支払うことになり、資金繰りや費用負担が安定しませんでした。企業年金なら、あらかじめ決められた掛金を負担し費用処理することで費用負担が平準化し、資金繰りが円滑になります。
②従業員の老後の不安を和らげる
公的年金のみでは老後の生活に不安を感じ、自分自身で資産形成を考える従業員も増えています。従業員が掛金を拠出する企業型DCを導入することで、その不安を和らげられるかもしれません。企業型DCに上乗せするマッチング拠出制度を利用できるようにすると、さらに良いでしょう。マッチング拠出の掛金は従業員が拠出しますが、全額所得控除となるため節税効果もあります。
③若者の保守的な考えともマッチしている
上記のように従業員が給料から積み立てる場合には、自身の給料の一部が企業型DCの掛金となるため、手取り金額は減少します。しかし、近年の若者は貯蓄意識が高いといわれており、「給与で受け取ると無駄遣いをしてしまうので、将来のために企業型DCを活用したい」と考える人も多いようです。制度を新たに導入した企業では20代の従業員が制度を利用した事例もあります。
④投資教育
確定拠出年金(企業型DC、iDeCo)の場合は従業員が自らの掛金を自らの判断で運用し、その結果で将来もらえる金額が決まるため、企業側には運用知識を身に付けるための教育機会を設けてサポートすることが義務化されています。金融リテラシーを高めることはビジネスパーソンにとっても企業にとってもメリットしかありません。
また、従業員も「自分に対してきちんと教育機会を設けてくれている」と感じ、帰属意識の向上にもつながります。
⑤節税効果
企業の掛金は、法人税法上、損金として計上できたり、従業員が負担する掛金にも税制上のメリットがあります。また、運用益も非課税になります。
⑥大手企業から優秀な人材の転職の受け皿になれる
企業型DCのメリットでもありデメリットでもあるのが、原則60歳まで引き出しができないことです。引き出しができないため、60歳まで確実に貯まる一方、転職した先の企業が企業年金を導入していなければ、個人型のiDeCoへ移換する手間が生じます。しかし、転職先の企業でも企業年金を導入していれば、引き続き企業年金へ加入ができます。
大手企業では企業年金の導入が進んでいるため、中小企業への転職先を選ぶ際には企業年金に引き続き加入できるかどうかはポイントの1つとなるでしょう。企業年金を導入することで大手企業の優秀な人材を採用できる可能性も出てきます。「大卒の新人の3割が3年未満で退職する」といわれる現代では、導入のメリットはますます大きくなっていると考えられます。
企業年金は従業員の将来への投資と企業への投資の意味を持つ
企業年金をはじめとする福利厚生を充実させることは、企業が従業員を大切にしていることの表れです。
もちろんメリットばかりでなくデメリットの側面もありますが、企業側にとっては従業員の満足度を高めることで優秀な人材の獲得と定着率の向上を図ることができるため、企業収益や企業価値の向上にもつながります。いわば、従業員への投資が企業の本業にも良い効果が期待できるでしょう。大手企業は退職一時金や企業年金制度が充実しているケースがほとんどですが、人材が流動的になってきている現代だからこそ、中小企業が企業年金を導入するメリットは大きいといえるでしょう。
※1 厚生労働省「令和5年就労条件総合調査 結果の概況」
※2 企業年金連合会「企業年金に関する基本統計」内、「確定拠出年金統計資料(2023年3月末)」
※3 国民年金基金連合会 iDeCo公式サイト「業務状況」内、「制度の概況」
企業年金について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。